ベトナム最大の都市ホーチミンの概要
東南アジアに位置するベトナム。かつては中国を宗主国とし、華やかな中華文化が流入。日本とも共通する部分は多く見られます。その後約100年のフランスによる植民地時代が到来。現在のコーヒー、カフェ、パンの文化はフランスがもたらした産物となります。その後は、みなさんもご存知のベトナム戦争。1960年から1975年と15年続いた悲劇の戦争として現在でもベトナム各地で生々しい傷跡をみることができます。
ベトナム(正式名称:ベトナム社会主義共和国)の首都は北部ハノイ。南部ホーチミンは日本でいう大阪にあたる第2の都市です。しかし、ホーチミンの巨大経済圏はハノイ以上で、新興国としてのベトナムを象徴する最大の商業都市へと発展を遂げました。当サイト『夜旅ホーチミン』では、ホーチミン市中心に点在する巨大風俗産業にスポットを当てています。リッチな富裕層が毎夜通うクラブバー、5つ星ホテル内の高級ナイトバー、旅行者王道のナイトスポット、そして在住者や出張者御用達のカラオケ、ガールズバーを主なカテゴリーとしてお店紹介しています。
今回は、少し真面目な話。ベトナムとホーチミンの概要をご紹介したいと思います。
目次
社会主義国としてのベトナム
ベトナムはれっきとした社会主義国。革命家であり、初代ベトナム民主共和国(北ベトナム)の国家主席でもある故ホー・チ・ミン氏は、徹底したマルクスレーニン主義でした。その社会主義思想は現在でもベトナムの柱となっていて、ホー・チ・ミン思想とも呼ばれています。
社会主義国では一般的に国民は財産を持つことを許されず、土地を買っても、それは政府から期限付で借りているという解釈となります。
1986年にはドイモイ政策を打ち立てて、いわゆる市場開放を成し遂げました。民間企業が増え、外資企業が参入しはじめたのは、90年代以降となります。とはいっても、現在でもガスやオイル、電気といったインフラ資源を管理しているのはすべて国営企業です。また、ベトナムの大手企業の多くは政府が大株主となっていますが、こちらは徐々にではありますが、民間に移されつつあります。2016年には大手乳製品メーカーのビナミルクの持ち株を政府が手放したことはニュースになりました。
ベトナム戦争の概要
1960年~1975年まで続いたベトナム戦争は、米国とロシアの代理戦争とも呼ばれています。つまり、共産主義と資本主義のぶつかり合いでした。当時ソ連とアメリカは冷戦状態でした。
ただし、表向きは北ベトナムと南ベトナムの統一をかけた戦争。当時アメリカは南ベトナムに加担をしていましたが、南ベトナム解放民族戦線(通称:ベトコン)のゲリラ部隊によって追い詰められ、結果撤退することになりました。
戦争が集結したのは1975年の4月30日。北ベトナム軍が戦車に乗って当時の大統領官邸に押し寄せ、無血入城を果たしました。事実上のベトナム戦争の終結。南ベトナムという一つの国が終わる瞬間です。その翌年、北ベトナムと南ベトナムは統一を果たしました。旧大統領官邸は、統一をした場所であることにちなんで、『統一会堂』と名を改称して現在に至ります。ちなみに、ベトナム建国の父と呼ばれるホー・チ・ミン氏は、ベトナム戦争中に死去しています。
ホーチミンではスマホとバイクは一人一台の時代
2014年時点では、スマートホンの普及率は約36%。一見すると少ないように見えますが、ホーチミン市内では一人一台以上持っているのが普通。一方田舎地帯ではスマホの普及率はぐっと下がります。
スマートホンはiPhoneが人気No.1。iPhoneを持つことが一種のステータスとみなされるため、中古の型落ちの機種も長く売れ続けます。アンドロイド携帯では、サムスンのギャラクシー、LGが人気。次いでソニーのXperia、台湾のHTC。最近は格安携帯として中国のOppo、レノボなども新規参入して頭角をあらわしています。
一方、バイク社会が発展したベトナムでは都心部では一人一台バイクを持つ時代に。しかし、それはあくまでも都心部の話で、平均値をとると、マレーシアや台湾といったバイク社会とはみなされないような国々よりも普及率は劣ります。バイクではホンダが市場の6割以上を占め、『バイク=ホンダ』と認識されているほど。
土地バブルが勃発
最近では、「これはバブルじゃなくて、ベトナムの正常のでは?」と囁かれるほど、長い期間ベトナムの土地は高騰を続けています。ホーチミンの1区付近の7区、Binh Thanh区、2区、3区の土地は家つきで3千万円以上が多く、アパートメントを見ても、プール付きの高級マンションはどんなに安くとも1千万円前後となります。ベトナムの国民一人当たりのGDPは約2171ドル(2015年IMF推計)。単純に割ると一か月の平均給与は180ドル。日本円換算で2万円程度しかなりません。にもかかわらず、地価は上昇を続けているのは、ベトナムの安定したインフレ率と成長率の賜物です。そしてその陰に潜む貧富の差は今後も拡大を続けることでしょう。
ちなみに、2016年現在ホーチミン市内は、地下鉄メトロの工事中。2018年から2020年をめどに、1号線が開通される予定です。現時点では6号線まで計画されていますが、2号線の開通予定が12年後なので、3号線以降はまったくの未定。しかし、この鉄道計画も土地価格上昇の大きな要因となり、富裕層や外国人投資家による投機目的で土地やマンションを買い漁っているのが現状です。
盛んなホーチミンの風俗産業
お隣のバンコクでは、町中で堂々と風俗店が営業していますね。しかし、ベトナムでは買春も売春も違法で、厳しく罰せられます。公安は適時風俗を斡旋しているお店に摘発に入り、売春婦や経営者を逮捕します。ただし、結局経営者は賄賂を払って即釈放。お店の名前と看板を変えて、再び営業を開始します。
当サイトでも紹介している、レタントン通り界隈に点在するカラオケ店やガールズバーも然り。ただし、こちらは公安と繋がっているので、経営者が定期的に賄賂を支払うことによって摘発を免れています。駐在員や出張者が安心安全に遊べる要因でもあります。ですので、潜りで営業しているカフェオムなど小規模の風俗店は、公安に賄賂を支払っていない可能性もあるので、その場合は摘発されることもあります。ちなみに、もし外国人が捕まった場合は、新聞に名前と顔が載るほか、日本に強制送還となるようです。会社勤めのサラリーマンはやばいことになるので、くれぐれもナイトスポットの風俗遊びは自己責任でお願いします。